居心地の良い高齢者介護施設にたどりつきました
今日は、 戦争で聴力を無くし
人とコミュニケーションが取れなくなったおじいさんが
辿りついた 終の棲家 のお話をしましょう。
キンタおじいさんは 戦争で 弾丸の破片があたり
聴力を失いました。
そのため 人とのコミュニケーションは
身ぶり 手振りで行っています。
元々 お話好きで 社交的なキンタおじいさん
いつも 人の和 に入ってました。
ホントは 聞こえないはずなのに
まるで聞こえているように ニコニコと合づちを打ちます。
でも 息子達には そんなおじいさんが
なんとなく 恥ずかしくてたまらなかったのです。
聞こえないはずなのに 的の外れた返事をし
ニコニコしている おじいさんが 疎ましかったのでしょう。
傍に よることもしませんでした。
キンタおじいさんは 足の悪いおばあさんとの二人暮らし
とても 自立できそうもない二人を
週3回来るヘルパーが支えていました。
しかし おじいさんの認知症が進行し
施設に入所することになりました。
でも 入所の時 キンタおじいさんのお別れを惜しむ人は無く
奥さんすらも 介護から解放された安堵感を持っているように
思えたのです。
はたから見ている私は
「なんだか おじいさん 可哀想」と複雑な思いでいっぱいでした。
しかし 現実は違っていました。
耳の聞こえないおじいさんを
施設スタッフは 理解しようと努力し
おじいさんの 聞こえないはずの話し相手になり
一緒に身ぶり手ぶりのお付き合いをしてくれたのです。
お盆が近づいたある日
おばあさんが 私に話してくれました。
「あの人は もう うち(家)を忘れたんや。
私の事も覚えてないわ。
向こうが楽しいから 家にも帰りたいっていわんわ。」と
それからまもなく おばあさんも施設に入る事になりました。
おじいさんとは別の施設です。
なぜだか わかりません。
もしかしたら 自分がいなくても 楽しくしているおじいさんを
見るのが辛かったのでしょうか。
お二人がいなくなった今 思うのは
戦争で 外とのつながりを断たれたおじいさんが見つけた
「終の棲家」
それは 肉親や知り合いでもない
優しい他人が集まる 楽しいホームだったのだと
私は この施設スタッフに
心から感謝し キンタおじいさんの幸せを祈ります。
そしておばあさんにも
「御苦労さま」と伝えたいです。
介護でお悩みの方へ
介護ママの伝えたい介護のツボは、介護でお悩みの方のお力になりたいと考えています。
どうしたらいいか分からないなどお悩みのことがあれば、
こちらの連絡先にお気軽にご相談ください。
可能な限りお力添えさせていただきます。
>介護ママさん ありがとうございました。私も准看護師で沢山のお年寄りや様々な方達を病院で見て参りました。御夫婦の愛情や御家族関係など人間の感情ほど計り知れないものはないと思います。おじいちゃんは優しい施設の方や孫のようなお若い方などに囲まれてご自分に良くして下さることは嬉しかっただろうな~と想像します。が…それは見えている一部分の表面であっておじいちゃんの本当のお気持ちは別ではないかもしれません。長年苦労をかけられたおばあちゃんをご自分が施設に入所することで楽にさせてあげたいと思われるおじいちゃんの愛情もあったかもしれないし…。あくまで想像ですが…。お話変わりますが、今日は父がディサ―ビスの日でした。そこでも職員の方々はいつもとても親身で本当に良くして下さっていて頭が下がります。私も母も本当に感謝しております。
精神的にも身体的にも大変なお仕事だと思います。介護に携わる方皆様にありがとうございますと心から言いたいです。
人間の心の問題って複雑ですね。
私の義父は、幼少の頃の高熱で聴力を失いました。
ずっと筆談でコミュニケーションをとっていましたが、5年前から携帯電話のメールを使えるようになり、義父の世界観は劇的に広がりました。
コミュニケーションの自由度が広がったことが嬉かったようです。
>宝さん
今回、多くの方々から頂いたコメントで沢山のことを学び、自分自身の至らなさと不甲斐なさに深く反省いたしました。おじいさんの気持ちとおばあさんの真意をモット組んで差し上げれば又違った結果になったのかもと思ったりします。いつまでたっても、つ一つが勉強で反省の毎日です。お父様の介護をされているのですね。回りの方の支えと協力は力強いです。このご縁を大切にしてください。重ねてのコメントありがとうございます。又、お待ちしています。
>福祉住環境コーディネーター@カタケンさん
すごいです。こういうコミュニケーションのとり方ってあるのですね。もちろんパソコンのそうですね。とても参考になりました。ありがとうございます。