認知症の倫理「裸にされてるよう」
認知症の倫理について書かれた本をよんで
その 一節に目が止まりました。
私達職員が 当たり前のように利用者さんや入所者さんに聞く
今までの出来事
個人情報だから 秘密厳守を約束に
趣味や 家族歴 病気のことを ご本人にお聞きします。
答えられなくても 必ずご本人に一度は聞きます。
それは 身をお預かりするものとして 当然のごとくしていた事が
この本では「認知症の方は『裸にされてるよう』と言われた」
と記されてました。
私自身 相手の方が傷つかないように
やんわりとお聞きしているつもりでも
「当のご本人は そうではなかったのかもしれない。」と
衝撃的な一節に出会いました。
人の心なんて 分かるわけないのに
分かったような 顔して話している自分を連想し
恥ずかしいやら 情けないやらで
穴があったら 入りたいような気持ちになった
休日でした。
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いつも勉強させていただいています
認知症の方は、ホントはわかっているんだけど、わかっていることを上手に表現出来ないのではないかと、思っています
私も今、共同生活介護の中、
『刑務所に入れられたようだ』と自分のおかれた今の居場所をこうやって言う方がいます
その方からすれば、共同生活自体がそのように感じるようですが、『刑務所』という言葉に、どのような対応がよいのか、毎日声かけから勉強させてもらっています
いつも、ありがとうございます
寒くなりましたので、お体ご自愛くださいね…
身につまされます・・・
ご利用者様本意で、とか、ご本人の意思を尊重して、とか口癖のように言ってますが、
この「裸にされているよう」を読むと、私自身共感の心が足りないなと、つくづく考えさせられました。
対等である関係性でなくてはならないのに、やはり上から目線だったり、指示だったり・・・。
少しでも心に寄り添うことができる自分になれるよう、一から勉強ですね。
良心のつもりで聴いていたことが実はお客様にとってそうではなかった・・・という事実に僕も反省です。
>笙子ママさん
ありがとうございます。刑務所との表現、心にはじきますね。きっと、社会から遠ざかった不安と寂しさが混在してるのでしょうね。私も日々研鑽です。