生きていた証 -20年ぶりの再会-
もう20年近く前のお話です。
当時 とても親しくしていた ママ友がいました。
彼女はわたしよりも5歳年上でしたが、
上2人の子供が 共に同級生ということもあり
親しくなるには そう時間がかかりませんでした。
彼女は 私達の地元では珍しく 綺麗な言葉使いで
声も 小さく 穏やかに喋られる いつも笑顔の
優しい お母さん
私よりも5歳年上 ということもあり
私自身も お姉さんの様に 慕い 支えにさせて頂いていたのです。
そんな彼女との 20年近く前の 暑い夏の日
子供達がプールに行くのに 一緒に待ち合わせをしていた時です。
「最近 なんだか体の調子が悪くて
すぐに疲れて 寝込んでしまっうの。」と彼女
「え~ 大事にして下さいね。
お子様も小さいから お母さんが元気でいないとね」
当たり前の言葉を返した 私
「そうね。母親が元気でないとね」
二人で笑いながら 相づちをうち
不安を撥ね退けていたはずでしたが
彼女との つたない会話は この時が最後でした。
すでに 彼女の体に 病魔は忍び寄り
彼女の 命も 心も 夢も そして未来をも奪い取るには
それほどの 時間を必要とはしませんでした。
結婚して 初めてであった 心の許せる友達
その優しさと 穏やかさに いつも寄り添い 生きてきた私には
彼女の死は その後の私の生き方にも大きく影響したのです。
「人には優しく 自分はまっすぐに」
彼女の口癖
今でもこの言葉を忘れずに
私が努力し続けられるのは
あの暑い夏の日のひと時があったからです。
あれから 20年
私のいる病院に一人のおばあさんが入院されました。
介護しているのは お嫁さんでも 息子さんでもない
優しい笑顔のお嬢さんです。
その優しい笑顔 どこかで見たことのある目元
この時 忘れかけていた 彼女との思い出が
稲妻のように 私におしよせてきました。
病室の名札を見て 私の予想は確信へと変わり
「○○ちゃんですか」とお嬢さんに話しかけると
不思議そうに その子は私を見つめ
「はい、、おばあちゃんがお世話になりまして」
と一礼 その姿は 彼女の生き写しそのものです。
きっと 彼女は 自分が亡くなる時
年老いていく姑の思いを 無言で 子供達に託したのかもしれません。
20代の若いお嬢さんが
けなげにおばあちゃんに寄り添う姿
「介護ママさん おばあちゃんを よろしくね」
といつもの笑顔で 私の方をポンと叩くような
そんな まどろみ を見ながら
彼女の生きていた証しを見つけた瞬間でした。
介護でお悩みの方へ
介護ママの伝えたい介護のツボは、介護でお悩みの方のお力になりたいと考えています。
どうしたらいいか分からないなどお悩みのことがあれば、
こちらの連絡先にお気軽にご相談ください。
可能な限りお力添えさせていただきます。
>寅子さん
いえいえ、ようこそ、お出で下さいました。介護5は並々ならぬご苦労がおありと思います。あなたのお力になれればとても嬉しいです。
>都南 雷太さん
ありがとうございます。お嬢さんの体を通して、再会できたこと、つまり私に会いにくてくれたのだと思ってよいのでしょうか。感無量です。
優しさは優しさを波及していくのだと・・・
宮城ちかこさんの言葉を思い出しました。
「優しく 優しく 優しくね。優しい事は良い事よ」(*^o^*)
>ヒツジさん
いいですね~「優しく、優しく、優しくね」素敵な言葉です。